

「樹齢150年の、栗の木を見に来ませんか?」
2008年。杣人(そまびと)にさそわれて、初冬の奥会津へ。途中を高速道で継いで一時間半。峠道をのぼり、桐の林を抜け、さらに山の深くへ。車を降りて道なき道、冬枯れの藪をかきわけ、深山の斜面を踏みしめて進む。
──そこに、〈彼〉がいた。
「あと3・4年気づかなければ、朽ちて立ち枯れていたでしょう」
1世紀半を森に立ち、いのちの循環を担った木。森に恵みをもたらし終えて、もう実を付けることのない老木は、己の役といのちの尽きる過程へと、しずかに、ゆるやかに、身を委ねている。
幻の栗。一期無二、奇跡の邂逅(かいこう)。
我知らず祈り、人は木と森に誓う。森で150年生きたなら、次は人と150年添うように。森での生涯を今まさに終えようとする〈彼〉に、こうして引き合わされたのだから。〈彼〉の二度目のいのちを、私たちは森からゆずり受けよう。
雪降る前の新月の日に、杣人が敬虔(けいけん)をもって〈彼〉を伐る。乾燥のための眠りを経て、幾千の材を診た熟練の木挽(こびき)をも唸らせたのち、家具職人の手へと渡る。この材にふさわしい形ー家族が集い囲み、家の重心となるテーブルへ。その家の象徴となり、幾代の記憶を刻み、継がれゆくものへ。木の民の手で、〈彼〉は一卓の家具へと転生するのだ。
そして、納めの約束の朝。
「今日いっぱい時間がほしい」
家具職人が言った。労を敬い、申し出に応えて、その一日を職人に贈る。手放す前に、生涯希有の材をゆっくりと味わい愛でるのだろう。それとも、 心ゆくまで腕を振るい、最後の刻まで技を究めるのだろうか。
ちょうど2年の工程を経て、現された栗のテーブル。黄みを帯びたやさしい色合い。水に強く粘りのある材質は、固いけれど不思議にあたたかい。仕上げを施されたばかりの天板は、まだ馴染みきらないわずかなオイルが、窓からの光に浮き上がり、豊かな表現の木目を際立たせている。
指で木目をなぞる。有史以前から、木の民である私たちとともにあった栗。ほとんど人の入らぬ山の奥深く、40~60年といわれる寿命をはるかに 超えて長らえた樹齢150年の栗の巨木。奇跡の出会いから幾人もの〈木の民の末裔〉を介して、一卓の家具へ。森で生きた歳月と同じ長さを、人とともに生きるために。
一期の出会い、無二の一卓 木の民の誓いと祈りを込めた、本当に特別な、幻の栗のテーブル。
今ここで、人と添う150年が始まるのを待っている。